スペイン語留学1週目 グアテマラの年越し

クリスマスからずっと毎日花火が続きます。25日が過ぎてもクリスマスソングがあちらこちらから聞こえてくるのがちょっとおかしくて微笑ましいなぁと感じます。露天に並ぶ花火屋はいつも賑わっています。見ると爆竹や打ち上げ花火など中国から来たものだとわかります。31日の夜家族で日本の年越しソバにあたる年越しチマキをたべました。チマキは2種類米から作った餅状の皮の中に鶏肉、少しの野菜が入っているものとジャガイモをマッシュして固めたものです。たくさんのフルーツが入った紅茶を一緒に飲みます。ケーキの代わりにはビスケット。ディスネイはそれがとても楽しみなようです。取るに足らないビスケットで味も日本のものに比べたらですが、キラキラと目を輝かせているディスネイを見ていると幸せな気持ちになりました。

23:50になると花火の音が激しくなり出します。年の変わるまさにその時町中で花火が上がりました。大人も子供も家の前でバンバン花火に火をつけています。火事になるのでは心配になる程ですが、皆そんなことはお構いなしです。ディスネイも小さなビニール袋を出してきて一緒に花火をしようと言っています。何回も袋から出し入れしていたのでしょう。袋はすでにボロボロです。お父さんとお母さんと一緒に外に出て花火を始めました。最初の1個目は不発、次のはシュシュと火花を散らしてパンと弾けて終わりです。僕は湿気っているの?と思いましたがそうではないようです。ディスネイはそれでも嬉しそうに次々と火をつけて遊んでいます。打ち上げ花火も火が横にすっ飛んでいくお粗末、かと思えば火薬の量を間違えましたかと思うほどでかい爆発をしたり、ドラゴンに至ってはいっぺんに火が吹き出して5秒もしないでおしまいです。なんだかおかしくなってしまいます。

 

日本やフィリピンで見た花火のなんと綺麗なこと。彼らにそんな花火を見せてあげたくなりました。安かろう悪かろうといいますが、ここにはそれしかないのです。いくら安くてもクオリティーの高い日本製、日本に輸入する中国、東南アジア製とは大違いです。値段だってそんなに変わるわけではないのです。僕はこのクオリティーの違いはどこから来るのだろうと考えてしまいました。中米でも貧しい国のイメージがあるグアテマラ。でも生活自体に貧しさを感じることはありません。使っているもののクオリティーの低さがそうイメージさせるのです。子供は皆賢く、勉強も大好きです。よく遊び健康的です。男も女もよく働いています。でも同じ金額で手に入るものの質が日本と比べて格段に低いのです。これがグアテマラのイメージを作っている原因の一つだと感じました。

閑話休題、新年を迎えると人々はフェリス アニョスといいながらハグをします。向こう3軒両隣りに挨拶に行き新年を祝っていました。国が違っても新年を迎える習慣はどこも同じなのだなぁと思います。マヤの人たちの顔つきも日本人に近いこともあって僕はとても親しみを覚えました。
5日目
今日は今週やってきたことのおさらいをしました。動詞の変化のルールがいまいちしっくりこない僕は間違いを連発します。そこでホセにもう一度教えてもらうことにしました。ホワイトボードに基本的なルールを書き出してもう一度丁寧に教えてくれます。合間合間で質問をすればそこから新しい知識を教えてくれるホセの手腕に舌を巻きます。

次に質問の仕方についての質問です。”いつ誰が何をどうした”ということを質問するための単語がいまいちしっくりこないのです。というのも質問に使う単語にも単数系複数形が存在するからです。これらをいまのうちに認識しておかなければ後々困ることになるのでそれについてもう一度説明を受けます。

ここではあえて書きませんがスペイン語で動詞の変化に苦労している人の参考になることなので別の機会に詳しく書いてみたいと思います。

スペイン語を感じるということ

学校の年越しパーティーに行行った時、そこで出会ったギリシア人の女性が奇しくもフィリピンの先生カレンと同じことを言ったのです。彼女は7年メキシコで働き 7か月グアテマラで過ごしています。すでにスペイン語も堪能で困ることはほぼないと言っているのに学校に来ているのです。僕は不思議に思い彼女になぜ学校に通っているのか彼女に聞きました。すると彼女は「スペイン語は喋れるけど私はもっとスペイン語を感じたいの。同僚との会話の中で感覚的にわからないことがまだまだたくさんあるの。私はそんな時スペイン語を感じたいの。」と答えたのです。僕はすごく彼女の話に共感しました。言葉が持つ力を彼女もまた知っていたからです。いくら上手に話せても心や想いが乗っていなければそれはただの信号です。気持ちを伝えるためにはスペイン語を感じなくてはならないと思うのです。違う言語を習っていても大切なことは何も変わらないのだということを教えてもらいました。

カランレッスンの導入
レスポンスが悪かった僕を救ってくれたのはカランメソッドでした。簡単な質問に対しおうむ返しで答えるこのレッスン。非常に退屈で脳が疲れますがその効果は驚くほどです。以前にもこのレッスンについて書いたことがありますので詳しくはそちらを読んでいただくことにして、簡単に説明すると、僕は英語を習い始めた当初、Is this a pen?という質問をされた時、Yes, it is a pen.と答えるまで次の工程が必要でした。

カレン
Is this a pen?

これはペンですか?と聞かれているんだな、答えはイエス これはペンですだ!それは英語で言うとYes, It is a pen.だ!それ答えろ

Yes, It is a pen.

カレン
Mr.hide speak fast. again.

この時点では僕は日本語で話しているのと同じです。なぜなら日本語で他言語を考えているからです。でも僕らは普段相手が言っていることの意味など考えていません。質問の形式を考えなくてもその意図を自動的に理解しています。その質問が何について聞かれているかも同じです。つまりwhatという質問形式とpenという品物について何も考える必要がないからです。ライオンがライオンであるように僕らは日本語で付けられた名前とアフリカのサバンナで暮らす大きくて茶色くてふさふさしたタテガミを持ったとても力強く危険な動物と自動的に結びつけることができるのです。

カレン
これはペンですか?

はい、これはペンです。

これが僕らが普段使う日本語です。何も考えなくても感じるだけで自動的に口が動きます。実際にはイメージを作り出し答えを準備していますが、ほぼ質問と同時に答えることができるのです。

カレン
Is this a pen?

Yes, It is a pen.

カレン
next

こうなるまでには練習が必要です。知っていることとできることは違うのです。どんなに野球のルールや技術に詳しくてもプロと同じプレーができないと一緒です。子供が来る日も来る日も楽しくて素振りをしたりキャッチボールをしたりしてルールや技術を知る前に上手くなると一緒です。カランのレッスンはまさに素振りの特訓です。ばかばかしいほど簡単な質問を何も考えなくても自動的に答えられるようになるまで脳を鍛える訓練です。このレッスンの効果がどれだけ大きかったかが僕はとてもよくわかっています。

そこで僕はスペイン語のレッスンにもこれを導入しようと思いました。こちらの学校ではスペイン語習得に有効なメソッドが確立されていません。先生のやり方に任せてテキストの使用もまちまちです。当然、カランのテキストなどないのです。僕はホセにカランレッスンのことを話しました。野球の例を出すと彼はすんなりと理解してくれました。僕が何を望んでいるのか十分にわかったようです。簡単な質問の繰り返し、質問に正確に答えることで文法を自然に身につけることができます。またこちらが質問する側に回れば質問のバリエーションが答えと同じだけ広がるのです。記憶の定着とレスポンスの向上がこのレッスンで見込まれます。幸いホセは英語が堪能で僕らの意思疎通はとてもスムーズ、違いの信頼関係も築くこともできました。あとは実際のレッスンでどこまで自分を追い込んでくれるか、またそれがなぜ必要なのかをホセと一緒に作り上げていくだけです。

まったく手がかりもない状態で始めたスペイン語、この5日間でがっちりつかめました。英語を学んだ時よりはっきりとやるべきことと成果が見えています。悩み、苦しみもすでに経験したことばかりなのでその対処も数段楽です。経験がいかに重要かまさに今僕は実感しています。

今日の一言
ホストファミリーとの関係がとても良好です。近所の子供たちとも打ち解け、まさに生きたレッスンを24時間受けているような感じです。もしかするともしかするかもなどと相も変わらず妄想に耽る毎日です。

今日は初めて会話形式の絵を入れてみました。まだ画像を上手く入れることができず悩んでいますが1歩前進です。

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