沈没について考える

バックパッカー用語で「沈没」と呼ばれる長期滞在を経験してみました。「沈没」とは旅に疲れたり、滞在先が気に入ったり、心がだれてしまった旅人が数週間から数カ月も移動をせず、グダグダととろけていく様を表した言葉です。主に物価の安いインドやアジアそして南米でこの奇病にとりつかれたバックパッカーを見ることができます。主な症例は概ね2つに分かれます。両者ともある意味規則正しい生活を送っているのですが、普段通りの生活を楽しむ派は、まめにスーパーや市場に買い物へ行き自炊をしながら日がな1日を読書や物作りなどに費やして暮らすように隠居しています。グダグダのトロけ派は昼過ぎにゾンビ化して現れ、よくわからないものを口にした後は幽体離脱を楽しむかのようにリクライニングされたソファーに同化します。夕方いなると魂が戻ってくるのかどこかへ出かけ、夜半になると何処からロンドンとパリを同時に見ているような目で戻ってきて一人ごちの様子で部屋の中へ消えていくのです。前者は健全な旅行者と適度に交わり、やがて旅復帰に向け症状が改善しますが、後者はお金が尽きるか、連れ戻してもらわなければならないほど重症化する危険をはらんでいます。この病の原因は未解明で特効薬やワクチンなども開発されていません。治療法は対処療法のみ。自然治癒を待つのみです。

暗黒感漂うこの2文字一度は経験しなくてはと思っていましたが、まさかのカンクンで1ヶ月以上の滞在となりました。移動が日課と化していたメキシコ以北の旅を続けてきて少々疲れが溜まりました。移動そのものが日常となると目が濁るのです。意欲減退、興味索然(きょうみさくぜん)心身衰弱、満身創痍、金髪歓迎、定期預金。もともと旅に出ない理由がないという理由で旅を始めてしまった僕に目的などないのです。言ってしまえば単なる中だるみ。キューバから戻り、気分を変えようとちょっとだけ無駄な数日を過ごしたことが始まりです。ひょんなことからダイビングのライセンス取得に突っ走り、宿のオヤジに飯を作ってやったことから始まってしまったシェア飯にどっぷりとはまり込んでいました。出発を決心した矢先、バイクが動かず修理に数日、台湾からの旅人と楽しくもすったもんだの数日間。自覚症状がないまま沈没病に羅感してしまいましたが幸い前者のケースで比較的症状も軽く済みました。目の濁りも取れ、何事にも興味が出るようになりました。ほんの些細なことから様々な妄想が膨らみ、煩悩の海へ漕ぎ出す準備ができました。

このひと月で僕はたくさんの旅人と知り合いになれました。多くのことを彼らから感じ取り、考え方にさらに幅ができました。もちろんいい意味でも悪い意味でもです。どのように仕分けしたらいいのかわかりませんが若者にも年寄りにも多様性があることを知りました。ローカルの人とも知り合いになり、急ぎ足での旅では経験できないこともたくさんありす。買い物や交通など地元に溶け込んだ生活をすることでメキシコ人の暮らしを垣間見れたことも貴重な経験です。マスターキートンとゴルゴ13を全巻読み尽くし、映画を10本見て、ビールをしこたま飲みました。あまり良くは取られない「沈没」ですがなかなかどうしていいものです。旅のペースを落とし、移動が日常になっている生活からどっぷりと一箇所につかり、かつての暮らしのように定着することが新鮮な旅となりました。

”ちんぼつ”このいかにもロマンに満ち溢れた言葉はここカンクンにまさにぴったりの言葉でした。カリブの海賊たちが活躍し、今でも海中に眠る沈没船。エメラルドグリーンの海と真っ青なセノーテに彩られたこの街でのひと月間は確かに僕を成長させました。旅人にとって沈没は休息または自我を取り戻すための

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