ベリカードを知っていますか

ある日
これまで大切に取っておいた写真やらなにやらを整理する。
一つ一つ見ていく度に「あっちっち」と言いたくなるようなものばかり、顔から火が出た。
小学校のお別れノートや交換日記なども出てきて誰かに見られてるんじゃないかと後ろを振り向いてしまう。家族旅行で買った絵はがきセット、スタンプ帳、チケットの半券、学生証、更新時に取っておいた免許証等々一つ一つが懐かしくてついつい過去を振り返ってしまった。

ベリカード(ベリーカード?)を知っているひとがいるかどうか・・・
中学生の頃、深夜番組全盛の時代、ご多分に漏れず僕も夢中になって聴いていた。ある晩聴き慣れない放送が僕の耳に飛び込んできた。声の主は関西弁で喋っていてちょっと驚いた。しばらく聴いていると大阪の放送局であった。
東京で大阪の放送が聴けるなんて思っても見なかった僕は、翌日学校でそのことを話すと、仲の良かった鈴木が教えてくれた。「その放送内容をレポートに書いて放送局に送ると証明書とベリカードをおくってくれるぜ」まったくわからないまま言われた通りに送ると封書に絵はがきのようなものと番組表が同封されて送られてきた。

それを鈴木に見せると全国の放送局でもらえると教えてくれ、各放送局の周波数一覧までくれた。オンボロラジオでは限界がありアンテナに銅線を巻き付けたり、2階から垂らしてみたりと涙ぐましい努力はたいてい徒労に終わった。
ある日、親父にラジオを買うから秋葉原に連れて行ってくれとせがんだ。貯めた小遣いを握りしめ親父と一緒に怪しげな路地へ入ると見たこともない電脳の世界が広がっていた。目当てのラジオはすぐに見つかった。飛びつこうとした僕の頭を鷲掴みにして親父が言った。「めったやたらと買うなんて言うんじゃないぞ、ちゃんと安いところを探すんだ」
当時の秋葉原は今のようなオタクの街でなく電気街だった。そして一部の路地には定価という概念はなく値段交渉によって決められる東南アジアのような街だった。

結局買ったのは目当てのラジオではなかった。限られた予算の中で調べに調べたラジオの最上位機種、SONYの全地球ラジオとうたい文句のついた最高機種だった。親父は僕がラジオに夢中なのを知っていた。帰り道「お母さんには内緒だぞ」と言って渡してあった僕の全財産をそっと返してくれた。

それからは毎日、学校から帰るとラジオを聞きまくった。片っ端からレポートを書き、北海道から九州まで全国の放送局からベリカードを送ってもらった。
それは国内にとどまらず海外の放送局まで広がっていった。当時は日本語放送をソ連(今のロシア)北朝鮮、中国などが短波放送を通じて放送していて、ダメもとで送るとなんと証明書を発行してくれた。記念品のペナントを同封してくれた局もあった。

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いつの間にか熱も冷め、ラジオもとうの昔に壊れてしまったが宝箱をひっくり返していてフッと思い出に手が止まってしまった。

毎日のように部屋を片付けていると、なんだか遺品整理の様相を呈してきてフニャフニャと力が抜けた。さっさと晴れた日に野焼きにしてしまおう。

おわり

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