キューバってどんな国?

カストロさんキューバに行くことを楽しみにしていました。「謎の社会主義国」「カストロ独裁」「葉巻・ラム・サルサ」僕のイメージは非常に曖昧です。ほぼ地球の裏側にあるこの国についてほとんど知らなかったことに気がつきました。予備知識なしに行くのも驚きに満ちていて楽しいのですが、それは観光地にある絶景の場合です。そこで宿にあった本を片端から読んで国の成り立ちや時代背景を調べてから行くことにしました。

 

僕はアメリカというレンズを通して共産主義国を教えられた世代です。キューバといえばソ連の手先となってアメリカを敵視する悪の権化のような国でカストロはテロリストを養成する悪魔のようなイメージを持っていました。最近でこそ世界は聞いていたことと違うことを知りましたが、キューバについてあまりに知りません。調べていくうちに社会主義国家と言っても根本にある思想の違いや社会主義を宣言するに至った経緯などを知るほどに興味はますます深まります。やはりここでもアメリカの正義が混乱を招く原因を作っていました。僕がアメリカを全面的に好きになれない原因はこんなところにあるのかもしれません。これまで絶対の正義だと信じていたものが少し違ったことへの苛立ちや失望がそのような気持ちにさせるのかもしれません。物事をニュートラルに捉える目を鍛えなくてはいけないと思います。キューバは調べてみるととても特異な国だということがわかりました。

コロンブスによる発見から社会主義国宣言まで

IMG_6121コロンブスに発見されてしまったのが運の尽きです。持ち込まれた砂糖農場を開墾するために先住民は奴隷化され疫病や重労働でほとんど死に絶えてしまいます。困ったスペインはアフリカから黒人を連れてきて労働力を補いました。植民地となったキューバでは混血が進み現在に至るまでその精神的文化的な面は受け継がれています。
砂糖産業は海外市場に依存しなければならない側面性からキューバでは奴隷制に拍車がかかるとともに植民地化が進みます。そんな中、独立を求める声が高まり独立のための戦いが何度か起きますが、当時大国であCDGp7QZUMAEwMAkったヨーロッパはそれを許しません。ヨーロッパの国同士も互いに小競り合いや略奪行為を働くようになり、有名になったのがカリビアンの海賊です。時は進みイギリスから独立したアメリカは奴隷の一大市場へと発展します。アメリカはキューバ、メキシコを自国の植民地としたくてうずうずし始めます。スペインの力が衰えだした頃を見計らってキューバの砂糖産業に投資を始め、実質的なキューバ支配を画策しだします。民主主義の大義名分のもとキューバを支配下に入れようとした時、カストロたちが革命のために動き出したのです。カストロは平等平和主義を猫海賊 (1)掲げますがアメリカを追い出したことにより経済的に厳しくなっていく状況下で社会主義を宣言します。ソ連のみがキューバを援助できる唯一の国だったのも影響しています。

 

 

1hammertee3しかしカストロはソ連のいいなりにはなりませんでした。社会主義体制の抱える問題を考え、より人民に近い政策を選んだのです。ソ連にとってもキューバは不肖の息子的な存在であったでしょう。それはカストロがマルクス・レーニン主義に頼らずキューバ独立の父であるホセ・マルティンの思想を実現しようと独自の路線を進んだからです。そんなキューバにアメリカは国交を自ら断絶したにもかかわらずちょっかいをだします。キューバからの亡命者を使ってキューバに新政府を樹立しようと企んだのです。民主主義の政府ができれば支援の名の下に占領すること51BJM2YKYVLができると考えたアメリカはまたしても敗退します。危機感を募らせたカストロはソ連のミサイル基地を作ることを承諾しますが、それに怒ったアメリカは断固阻止しようと軍を派遣して海上封鎖をしたのが映画13デイズにもなったキューバ危機です。当時冷戦の真っ只中にあった米ソは核戦争の一歩手前で回避するに至りましたが、当時の大統領と書記長がケネディーとフルシチョフという人物がいたからこそ回避できたのです。

ソ連の崩壊と経済危機

imagesこうして社会主義体制国家となったキューバですが負けたことに収まりのつかないアメリカがキューバは世界のゲリラの総本山だと触れ回り、世界から孤立していきます。南米もキューバに続けと各地でゲリラ戦が行われカストロの右腕と言われたゲバラは戦死してしまいます。キューバの二の舞だけはさけたいアメリカが各地の紛争鎮圧に加担したことは言うまでもありません。経済的にどんどんと追い詰められたキューバはそれでも社会主義と平和主義を同時に実現するべく努力をします。ソ連に1000万トンの砂糖を供給する代わりに資金援助がされました。そんな状況下で起きたのがプラハの春です。カストロはソ連につきます。それはキューバにとって苦渋の選択でもありました。思想的にも容認できないプラハの春をカストロはどのように感じていたのでしょう。

ソ連が崩壊した後、キューバは孤立しながらも独自の理想を追求します。しかしキューバの理想主義も失敗に終わります。世界の勢力地図は一変しますがキューバは社会主義国として踏みとどまりました。国を挙げて身の丈にあった発展を目指します。平等主義が成功しなかった要因を探り人間の多様性に着目してそれらを包括できる体制作りを目指します。家庭菜園や有機農法を進め大規模農業に依存しないで人民の食料を確保するに至りました。自由経済化を取り込み、外資も積極的に取り込み始めたのです。彼らの望みは観光資源に向かいます。豊かで美しいビーチを利用し、リゾート地として外貨の獲得を目指します。葉巻やラム酒などの特産品を販売し売れるものは輸出するといった一件乱暴なやり方ですがもともと様々なイデオロギーを持つ人々に支えられてきたこの国だからできたのでしょう。しかし一度入ってきた資本主義の持つ豊かさの前に経済的な格差が生まれす。しかしそれをも許容してしまいます。米国との友好関係改善を前にキューバも変わりつつあるのです。

なぜカリブのアスリートは優れているのか?

キューバで有名なのはスポーツですが野球は最も有名な競技の一つです。世界一と言われたキューバは多くの有名選手を輩出します。WBCでキューバと日本が決勝で戦うことになった時、アメリカはキューバに優勝賞金をあげるのは経済制裁に反するのではないかと議論が噴出しました。もちろん負けたアメリカの嫌がらせです。これに対しカストロはもし我々が優勝したらその賞金はアメリカの貧困層の人々に寄付すると言ったのです。アメリカは2回も面子を潰されました。日本でもある新聞社が持っている人気球団が低迷していました。その新聞社の一番偉い人はキューバ選手に目をつけたのです。何が何でも強い選手が欲しいこの会社、キューバにまで支社を作って半ば強引に獲得しようとしますが関西の新聞社が持つ球団にしてやられていました。大きくて強い国や企業はなぜ同じような愚行を繰り返すのでしょう。”実るほど頭を垂れる稲穂かな”という言葉を教えてあげる人はいないのでしょうね。ところで以前にも書いたかもしれませんがカリブ回周辺の島々に暮らす人々は運動能力が優れています。野球選手もそうですが、今一番有名なのはウサインボルトでしょう。100mを9秒そこそこで走りきってしまうのは驚きです。他にもベンジョンソンやリーンフォードクリスティなども実はこの周辺国の出身です。なぜ彼らがこのように記録を出せるのかというと、奴隷制度に理由の一つがあります。アフリカから劣悪な環境下に詰め込まれ連れてこられた奴隷たちは弱いものは途中で死んでしまい、海に捨てられてしまいます。カリブに到着した彼らはすでに丈夫で生命力にあふれた者たちだけでした。アメリカに奴隷を売る商人たちはより高く売ろうと優良な黒人同士を掛け合わせ始めたのです。優秀な男女を掛け合わせることでより質の良い奴隷を売ろうとしたのです。奴隷制度は廃止になりましたがこの周辺の島々にはその子孫たちが残り現在に至っているのです。人類の負の歴史が作り出した産物でもある彼らが弱いはずがありません。次々と記録を生み出す彼らでしたがその価値を見出したのは皮肉にもヨーロッパ各国でした。オリンピックで金メダルを獲得するために今度は彼らを選手として自国に移住させたのです。国籍を与え高額のお金を提供しました。白人には到底できないことをまたしても彼らはビジネスという形で買い取ったのです。最近になり競技がお金になることを知ったカリブ周辺の国は自国でアスリートの支援をするようになりましたが、華々しい競技の世界にも実は暗い歴史があったのです。

社会主義なのに宗教が認められた国

キューバの宗教についてもとても興味がありました。通常社会主義国での宗教は奨励されていません。無神論者だけが共産党に入党できる他の共産国と違いキューバでは以前からカソリックの信者が党員になったりしていました。スペインの支配を受けていたキューバでも御多分に洩れずキリスト教を強制します。独立後もキリスト教は残りますが、もともとアフリカから連れてこられた奴隷が持ち込んだ魔術的なことや祈祷師なども存在したキューバではそれらの宗教が融合しながら残っていました。他の南米諸国に比べキリスト教が根付かなかったキューバでは宗教観が社会主義の邪魔になることがなかったと考えられます。それとソ連や他の共産主義国では社会主義を支持するか宗教を支持するかに焦点が向けられていますが、キューバでは革命を守るかどうかに焦点があてられたため宗教弾圧がなかったようです。

ヘミングウエイとキューバ

ヘミングウエイは超有名な作家です。彼はキューバに家を持ちそこで猫52匹、犬16匹、ハト300羽、牛3頭、使用人9人、妻1人と暮らしたそうです。午前中は執筆活動に当て午後はピラール号で釣りを楽しむ生活は植民地主義的な絵面ですが、キューバ人は彼に対して好意的であったようです。カストロも「老人と海」と「誰がために鐘は鳴る」は愛読書だと言っています。一方アメリカは、キューバに好意的な作家を危険な思想の持ち主としてマークしていたようです。彼の死後16年経って奥さんが再訪した時、彼の家は当時のままきちんと保全されていたそうです。キューバ人の彼に対する思いが現れているエピソードです。

 

まだまだ興味は尽きませんが大体の予備知識は仕入れられたと思います。チェ・ゲバラはあまりにも有名ですが、僕はカストロという人物に強く惹かれました。軍事政権出身の官僚はほとんどの国で政治的腐敗を招きます。その中で身の丈にあった国つくりをソ連という大国の後押しを受けながらも貫き通した彼の思想に興味を持ったのです。「弱者を経済発展の犠牲にしない」と宣言してそれを実現してしまうなんてちょっとカッコイイと思います。一見無理そうなことを有言実行する彼の心の強さはどこから来るのでしょう。果たしてお金と幸福のバランスはこの国では均衡しているのでしょうか?僕は生粋の共産国家は北朝鮮とキューバくらいしか残っていないと感じキューバ行きを心待ちにしてきました。でも調べてみると少し違ったのです。俄然、この国のことを見たくなりました。世界中の発展途上国のお手本にもなり得る可能性を秘めたこの国を生活を理解するには僕のスペイン語はあまりにも貧弱ですがまずは見て、聞いて、確かめてみようと思います。

 

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です