英語ってやつは

サンディエゴでひと月英語漬けの毎日を過ごしました。
はたして英語の力はついたのでしょうか?
リスニングは飛躍的に伸びたと感じています。英語を英語と認識することなく頭が理解しています。日本に帰り、電車のアナウンスが日本語と同じ様に聞こえています。頭が意識的に言語を処理するために使われていない状態という感じでしょうか。

3年前から始めた英語は非常にハードルが高いものでした。もちろんそれは今でも変わりません。文法の本で1年、英会話教室に2年間お世話になっています。
英会話教室に通い始めた頃、1年目に覚えたことはほとんど役に立ちませんでした。発音、リスニングがまるで出来なかったからです。
ネイティブの先生に緊張してしまい、どんなに予習して行ってもまるで口から出ない日々が半年ほど続きました。相手の言っていることがわからず、アウアウと言っている間に時間が過ぎてしまい、お金をドブに捨てているかのように辛かった期間です。
もちろん聞かれることは簡単なことばかり、予習さえやっておけば誰にでも出来ます。なぜそんなことすら出来ないのかわかりませんでした。
読む行為は常に頭の中で文章を組み立てている状態です。自分が理解するための時間がありますから単語を記号として理解しておけば読めます。でも会話となると話は変わります。人の話す言葉は発音やイントネーション、スピードもそれぞれです。記号として単語を理解していても言葉として理解出来ていないので頭の中で処理出来ていませんでした。

何回も同じ間違いを繰り返しました。一人でいるときはスラリと出てくる文章もレッスン中はまるで出てこない悔しい日がひたすら続きました。
それでもたまに海外旅行に行くと格段に自分の思いが相手に伝わるようになっていることがわかります。それを励みに続けます。

2年目になると先生とも打ち解けてきてリラックスしてレッスンを受けることが出来るようになりました。同じ話を何回も繰り返してくれたり、ゲーム形式のレッスンで同じ文型で単語を変えながら使えるように工夫してくれました。複数の先生とレッスンすることで話し方や言い回しの違いに慣れていきます。

最近は随分と進歩したなぁと思っていました。

サンディエゴに着いてすぐ、へんな自信は打ち砕かれます。自分のことをどう伝えたらいいのか途方に暮れてしまいました。空港などの公共の場所や買い物は大丈夫なんです。でもホームステイ先の人やその友人と会う時はまるで違いました。話題は多岐にわたり、なぜ?どうして?などイエスノーで答えられない質問が矢継ぎ早に浴びせられます。挨拶や自己紹介をスラリと答えてしまうと相手の話のテンポが一気にあがります。英語ができると勘違いされた途端、相手のテンポが上がります。ついていけずモタモタと考えているうちに事態はどんどん進んでいきます。答えた頃には「何言ってるの?」という顔をされます。

アウアウが戻ってきました。なにを喋るにもノロくて自分が嫌になります。引きこもって誰とも話したくない日がありました。本を見返して自分の言いたいことを必死に覚えようとしますが事態は一向に好転しません。友達も助けようと一生懸命ですが険悪な雰囲気が漂います。

なんのために来たのか?どうせ出来ないなら最初に英語が苦手だと言ってしまえと開き直りました。彼ももっと早く話せっ!と開き直り、自分の言いたいことを勝手に話し出しました。
わかるのはほんの一部だけ、想像力でひたすら推測するしかありません。

実力を知りました。やはりやってきたことしか出来ないのです。

1人になって勉強する時間が必要でした。毎日カフェに行きもう一度最初からやり直しです。言えなかったこと言いたかったことをメモを見返しては文を組み立て直します。シンプルで言いやすい言葉をさがし、センテンスをなるべく短く簡単な言い方にします。日本語のように話せなくてもいいんだと割り切ります。

カフェの店員がたまに来て興味深げに話しかけてくることがありました。彼らには最初に英語が苦手なこと、勉強していることは伝えてありました。僕の英語はまったくひどいものですが彼らはとても親切でした。知り合いが少しずつ増え、毎日が簡単な挨拶から始まります。言い回しや新しい言い方を教えてくれます。

家では子供番組をずっと見て、真似をしたりレスポンスのバリエーションを増やしていきます。間違えようが通じなかろうが構わず言い続けます。
あるとき、テレビから聞こえる声がとてもクリアーに聞き取れることに気がつきました。なにを言っているのか意味はわからないのに一つ一つの単語は明瞭に聞こえている不思議な感覚です。でもそれに気づいた瞬間にその感覚は手からこぼれて何処かへ行ってしまいました。そんなことが1日のうちで何回かやって来て「今、なんて言ったの?」と聞けるようになり始めました。
すると不思議なことに人の言っていることが分かるようになり始めます。日本語で考えている間などないのに頭が理解しています。まだ応えることはうまく出来なくてイライラはありますが、へんにストレスを抱えることがなくなりました。

耳にした新しい言葉を使ってみます。言い回しや発音をマネします。わかってもらえる時ももらえない時もありました。
ひと月の滞在ではこの程度しか身につきませんでした。もしあと2ヶ月居たらもう少し…「もしかも」が顔を出してきます。

子供は小学校へあがる前から親と会話が出来ています。親の言うことを理解しています。キチンと自分の思いを伝えることが出来ます。
でも学ぶ力や理解力ははるかにあるはずの大人には出来ないのです。言葉に触れる時間の差でしょうか?脳の機能は一つの言語にしか対応していないのでしょうか?わかりません。

はたしてこの先僕は英語を話すことが出来るようになるのでしょうか?言語を学ぶということは社会性や人間性まで影響する大仕事のように思えて仕方ありません。
僕は日本でさえ3日も4日も人と話さないことがざらにあります。コンビニで「オベントアタタメマスカ?」と聞かれて「イイデス」と言ったのがこの一週間で唯一の会話です。本当はこの程度で足りるはずの言葉なのにお金を払い、先の見えない苦行を続ける理由は言葉が生きて行く上で最も大切なツールの一つだと信じているからです。僕が英語を覚えたら毎日親しく人と話すとは思えませんが、この先、旅の何処かに繋がっていると信じているから今日もまた僕は英語を勉強します。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です