Palenque 遺跡を妄想で楽しむ

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いきなりで恐縮ですが、遺跡などどこを見ても一緒だと感じています。それはメキシコに限ったことではなく、東南アジアの寺院、ヨーロッパの教会、もちろん日本の京都などの寺院でもです。決してつまらないわけではないのです。最初はワクワクするのです。でも幾つかを巡っているうちに気がつくのです。建立物、色彩など定型があり、若干の違いがある程度です。歴史的背景や事件、逸話などに想いを馳せることはできるのですが、どうにも説明に無理や恣意的な何かを感じずにはいられないのです。宗教や宗派の違いもしかり、南無阿弥陀仏と書かれているか南無妙法蓮華経と書かれているか、ステンドグラスに聖書の物語が語られていたり、生け贄や残虐なシーンがレリーフに書かれている程度しか分からない僕なのです。

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オアハカですでに遺跡を見てしまった僕はたまたま通り道にあるPalenque遺跡を見ようか迷いました。日本の某有名ガイドブックを見ると世界なんとか遺産で王さんが誰でいつ頃の時代のもので見所は・・・と細かに書かれています。ある旅人は良かったと言い、またある旅人はつまらなかったと言います。当の僕は以前にも書きましたがこうした光景はテレビやネットで見た光景の確認作業に過ぎなくなってしまっていて感動が薄れてしまったと思っています。迷いに迷って1日延泊して見に行くことにしました。ガイドブックを念入りに読んで事前にある程度知識を叩き込みます。

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遺跡の入口にはお決まりの土産物売り、押し付けガイドがワンサといます。駐車している間に洗車すると言う者までいます。子供がつまらない首飾りを持って執拗に英語、時に日本語を使いながらまとわりついてきます。ハイハイと適当にあしらいながら先へ進みました。遺跡が目の前に現れます。広場に点在する建物はピラミッドと天文台、神殿や魔法使いの建物と決まっています。要所要所におみやげ屋が露店を広げ中国製であろう同じ物を手作りだと懸命に訴えてきます。値段はこちらが何も言わないうちからアレヨアレヨと下がっていき二束三文になってしまいました。土産物売りのおっさん。なぜか帽子に「体育」と書いてあります。

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男の子が僕に気がつきやってきます。日本人?と聞かれそうだよと答えます。すかさずネックレスを20ペソで売りつけてきました。僕は”僕には必要ないんだ”と言っても食い下がります。10ペソ5ペソと下がっていきます。ダメだと悟ると今度は抱き合わせ商法に変更です。2個で40ペソと言ってくるので笑ってしまいました。それでもダメだと知ると”いくらなら買うの?”と聞いてきます。それでもダメ、ついにはセロペソ(0円)と言いだす始末です。僕は旅の途中なので物をなるべく買いたくないのです。100円でも大切だし、無駄な物にお金を使うのは馬鹿げているのです。でもそれ以上に彼らから値切って買うことに抵抗を覚えてしまうのです。物を売っている子供や大人は顔が黒く、背が低い先住のインディヘナたちです。彼らの生活は街に住むメキシコ人より厳しい物だとわかっています。だからこそ物がよければ買ってあげたいのですが、彼らは安く仕入れた低品質の物ばかりを並べてしまうことを選択してしまったのです。刺繍や細かな手作業で作られた物を提供すればいいのに、彼らはその手間を捨ててしまっていました。刺繍はミシンでジャカジャカとやっつけ仕事で作った物になりビーズは釣り糸が伸びてスカスカになった物、目を詰めすぎて形がいびつな物しかないのです。おそらく観光客が値切りまくった結果なのでしょう。昔はいい物を売っていたかもしれませんが仕事の対価として受け取る金額があまりにも低いことに気がついた彼らの意欲は低下してしまったのでしょう。それではいくら頑張っても売れるはずもありません。彼らはそれに気がついているのでしょうか。人は手間にお金を払うのです。インディヘナの人々がお金の価値を知らないことをいいことに悪い人が買い叩いてしまった罪がここにもありました。

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遺跡に戻ります。パレンケ遺跡はざっと説明をすれば7世紀にパカルさんが作った村で人が住まなくなった後、ジャングルに飲み込まれてしまっていたのをなぜか神父さんが発見してスペインに報告、やってきたスペイン人はやりたいほうだいの略奪と失火で大切な文化遺産を燃やしてしまい、詳しいことがわからなくなってしまった遺跡です。でも、わからないことをいいことに好き勝手に想像ができるのはいいものです。神殿や宮殿など様々な建物が建っているけれどどれもこれも荒れ放題(いい加減な修復という意味で)、セメントで固めたり、石を積み直して作り直したことがわかる修復作業に感心します。どこにでも観光客が入ることができるのはいいことですが見ている前で漆喰を剥いでしまったりとお国柄が出ていて違う意味で楽しめます。

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高台へ登り遺跡を見下ろします。迫り来るジャングルを見ていて、ふとなんでこんなところに宣教師がやってきたのだろう。当時の宣教師って探検家も兼ねていたのかと考えました。おそらく金が欲しかったスペイン政府の命を受けて布教活動という名の下に宝探しをしにきたのではないかしら。写真にもあるようにジャングルは急坂で草ぼうぼう、とても人が立ち入って布教活動をしようなどとは思えないのです。こんな場所に分け入ろうとする理由は一つ財宝探ししか思い当たりません。案の定宣教師の報告後の略奪騒ぎから推測すれば当たらずとも遠からずでしょう。大国のやることは今も昔も変わりません。

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一方、昔パカルさんの暮らしっぷりに思いを馳せます。宮殿には水洗トイレやスチームバスなどがあったと書かれています。最初の想像ではイケメンの王さんを美人の女官達が寄ってたかって体を洗っている光景でしたが、お土産屋の人たちを見ると彼らは小さくてぽっちゃりしています。悪く言えばずんぐりむっくりのおばさん女官があの独特ののんびりとした感じでやる気なく王さんの体を洗っているのを想像してしまい笑ってしまいました。石に描かれたレリーフを見ても王さんがもらうばかりでその他のことはありません。ふとこんな小さな遺跡のどこに人が住んでいたのかしらと思いました。アメリカ人と一緒にいたガイドが声をかけてきたので、ついでに聞いてみます。”住民の人はどこに住んでいたの”すると彼はこの辺と言ってジャングルを指しました。当時の住人の暮らしっぷりがわかるかもしれない遺跡が眠っているのにそちらは調査しないんだと驚きましたが、こんなジャングルでの暮らしを強いられ貢物ばかり要求されたら住民も嫌気がさして逃げ出すよなと思いました。きっとこの文明が滅んだ理由なんてその程度のもんなんだと納得しました。東にある日出づる国と言われている大国も同じような道をたどらなければいいのですが。

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確かにジャングルの中に忽然と現れる遺跡にはロマンを感じます。これだけの文明を築き上げる技術の謎、世界滅亡説で騒がれたマヤのカレンダーなどミステリー的にも面白いのです。いざ行ってみるとキレイに草を刈られ見学路には砂利を敷き詰めた場所からは当時の暮らしっぷりを想像するには多少の妄想癖が必要になるでしょう。ガイドブックも教科書ではないのだからありきたりな説明ではなく、もう少し突っ込んだ時代背景やロマンあふれるエピソードなどを書き加えて旅行の楽しさを伝えるような書き方をしてくれたらより楽しく遺跡を見ることができるかもしれないなぁと思うのですが、例えばこの遺跡オーパーツと言われるものがあります。発見された時代と出土した品物の作成された時代が異なる物です。パカルさんの棺と言われている蓋には宇宙船が書いてあると言われています。

img_0宇宙船に乗った人が操縦捍を握り、アクセルペダルを踏み込んでいます。それはジェット噴射で進んでいるロケットに見えます。棺の周囲にはこの石棺がいつ開かれるかという予言が書いてあり、ズバリ当立ったそうです(ウフフ)。パカルさんお亡くなりになったのは80歳だと言われていますが、棺の遺体は40歳位、王さんが持っているはずの王冠などが入っていなかったことから、もしかして宇宙人じゃないかしらとある人が妄想しました。ジャーナリストのグラハム・ハンコックさん彼は「トーチの光を当てると、キレイに髭を剃られピチピチのボディースーツを着て男が浮かび上がる。操縦席に座りリラックスした姿勢で前方を見つめている。両手はあたかもレバーかコントロール盤を操作しているかのようだ」と言っています。さらにこの彫絵を見たNASAの宇宙ロケット設計者が、「ああ、これはアポロの発射シーンを図案化したんだね」と言ったという逸話があるとかないとか・・・。「信じる信じないはあなた次第」チャララ〜〜ンとどこかのテレビ局が飛びつきそうな話です。

または歴史的にはベルサイユ宮殿やブルボン家など有名な名前が目白押しの時代、スペインはイギリスやフランスとの喧嘩を終わらせようとしたりと結構忙しい時代でした。スペインは富国強兵を目指しています。こうした国がやっていたことは植民地の獲得です。そのために王さんは教会と結託して宣教師を現地に送り込み改宗を先住民に迫ります。拒否した者は殺しちゃえと随分と高飛車なことをしていました。そんなことをしていた教会ですから宣教師を現地調査員として特別な訓練をしていたかもしれません。彼らは布教と言いつつ侵略するべき場所の調査員だったのではないかと思うのです。無人化したこの遺跡を見つけたデ・ソリス神父さん「やったね神様ありがとう」と言ったのでしょうか。中には組織を抜けるため身分を隠し、自分が誰だかわからないまま追っ手を次々とかわしつつ逃げた諜報員もいたかもしれませんね。

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Palennque遺跡はパレンケの町から8キロほど半日もあればゆっくりと過ごすことができます。蚊が結構いますので虫除けを忘れずに。

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