貧者の目線は正しかった

IMG_5639観光地では良くある物売り。そう駐車場に着くなりすかさず寄ってきて土産物を売りつけに来るちょっとうざい感じの人たちです。クイラパン遺跡に着くなり僕は彼らの洗礼を受けました。スペイン語で執拗に売りつけようとする彼らに”エスタ ビエン グラッシャス”とやんわり断りを入れます。でも一人の男は違いました。執拗に何度も売りつけてくるのです。スパイン語は話せませんと言うと彼は突然英語で話し出しました。”なんで買わないんだ、たった20ドルじゃないか”という言葉に僕はカチンときました。ちゃちな石のネックレスに20ドルも出す馬鹿がどこにいるのかとムッとしながら僕は英語で”ありがとう、でもいらないよ”と言いましたが彼は尚も執拗に売りつけてきます。僕ははっきりと大きな声でノーと断るとやっと彼は去って行きました。遺跡に向かう道すがら、多くの物売りたちが腕にネックレスをたくさんぶら下げて所在無げに座っています。僕は早足で通り過ぎました。

IMG_5641遺跡を見終えた僕は付随する博物館に立ち寄りました。そこには土産物屋があり、僕は絵葉書を買いました。レジの女の子が僕のiPhoneに気がつきます。”これiPhone plusね、初めてみたわ、私のは6だけど小さいの”と言っています。僕はメキシコでiPhoneを使っているメキシコ人を初めて見ました。彼女は英語を話しました。僕の使っているアプリがとても気になるようでマジマジと見ています。レジの前に座って女の子に耳掃除をしてもらっていた青年がスペイン語で何か言っています。彼女が通訳して”これ何ギガなの?”と聞いてきました。125だと答えると二人はスペイン語で早口に話しています。そして彼女は”あなたはどこから来たの”と聞くので日本だと答えると、”日本ではいくらするの?”と遠慮なしに聞いてきます。僕は1000ドルくらいと答えるとうーんといった顔になってしまいました。レジの女の子は友人とでのんびりと1日クッチャベッりながら耳かき業者に耳掃除をしてもらっているだけでiPhoneが買えるのです。彼らはちょっと良い目の服を着てこの遺跡での職を得たことで普通の人の何倍もお金を稼いでいるに違いありません。きっと彼女たちから見ても物売りの人たちはかわいそうな人々と目に映っていることでしょう。なぜなら僕が”外で売っているネックレスはよくないでしょ?何がこのネックレスと違うの?”と商品を指して彼女に聞くと、彼女は明らかにフンといった顔つきになり”全部よ”と言ったのです。僕には違いがわかりませんでしたが。

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僕はここでハタと気がついたのです。そう物売りの男が言っていたことは正しかったのです。僕は1000ドルもするiPhoneを使っているのです。この辺では見かけない大型バイクに乗り遺跡に乗り付ける外国人なのです。彼らはそんな外国人が高い携帯やカメラ、ビデオを持ってガイドを雇い、物売りの人たちが1日かかっても稼げるかどうかのお金を2時間もしないうちに使ってしまうことを知っているのです。そんな彼らからすれば20ドルなんて”たった”でしょ?という感覚は当たり前のことなのです。僕は現地価格をそれなりに理解しているのでそれが多少のぼったくりであることも知ってしまっています。それが僕の目を濁らせていました。僕もまたレジの女の子ように上からの目線で見ていたのです。今の僕にとっては20ドルは大金ですが、それはこちらの勝手な都合であって、彼らからしてみれば同じなのです。

買い物を済ませた僕は駐車場に向かいました。すでにそこには彼らの姿はありませんでした。ちょっとした後悔の念に駆られながら僕は山を下ります。途中物売りの人々の列を抜かしました。彼らは山を歩いて下りていました。きっとまた明日も彼らは山に登り1日中、観光客に物を売ろうとするのでしょう。そしてきつい言葉を投げつけられるのかと思うと僕は自分が恥ずかしくなりました。かといって僕にできることなどないのです。おそらく彼らはこのまま物売りとして生涯を過ごすのでしょう。いくばくかの金のために毎日山に来て、帰っていく繰り返しの人生だと知っていると思います。それでも物を乞うのではなく対価を得ようとする姿勢に僕は考えさせられました。

食事をしている時、コーヒーを飲んでいる時、物乞いたちがどこからともなく現れます。僕は一切ほどこしをしませんが、たまに他の客がお金や食べ物をあげています。カソリックの国ではよく見かけるこの光景は何を意味するのでしょう。東南アジアでも同様の光景を見かけますが何かが違う気がするのです。それは物乞い達の明るさかもしれません。堂々と明るく物を乞う彼らの姿勢に違和感を感じずにはいられないのです。少なくとも東南アジアの物乞いは悲壮感が漂っていました。それがこの国にはないのです。明るくにこやかに話しかけてくる彼らの感覚が僕にはまだ理解できません。物乞いをする人たちに物売りのようなしつこさはありません。この両者の違いはどこから来るものなのか、もし宗教だというのであれば、神サンとは一体どんな奴なんでしょうか?人は彼のどこを信じ、どのように理解しているのでしょうか?フィリピンで見たポープに熱狂する人々、ユタのソルトレークでみたモルモン人々、メキシコで見る教会はどんなに小さな村でもとても素晴らしい建築です。もし神サンがいると言うのならこの貧困は何のためにあるのか、物乞う人々と物売る人々との違いはあるのか、その意味を僕はいつか知りたいと思います。

 

今日は1日観光をしてみました。市場に行ったり遺跡を見たりとそれなりに充実した1日でした。荷物を宿に置きバイクの機動力を活かせた1日だったと思います。普通なら1日で周れない場所を巡れるのはバイクならでは利点です。新たに購入したリアBOXが便利です。ヘルメットをしまっておけるし、安心感も倍増です。たったこれだけのことに気がつくのに僕は半年もかかってしまいました。あまりに順調な1日だったので、全部見切ってしまいました。明日は移動しようと思います。

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