他言語を話すこと

IMG_4304「ここから東に行ったところにウインドローという街があるわ、ナバホ族の首長がそこにいるの。そこに行けば話を聞くことが出来るかも知れないわ。でも部族の儀式は秘密なのよ。よそ者は入れないのよ。なんであなたは興味があるの?」
「僕は旅をしているんです。自分の進むべき道について何かの助けになればと思ってます。ネイティブアメリカンのスピリチュアルなことにも興味があるので」と答えると彼女は「どこの国か忘れたけど若い女がやってきてなにかの調査をしているって言ってたわ。本を書くとか言ってたとおもうけど。最初はフラッグスタッフにいて、それからウインドローに向かったけど話は聞けなかったみたい。部族のことだから難しいわよ。でも今週末にお祭りをやるの、行ってみるといいわ。それと砂漠の中に入って行けばなにか感じるかもしれないわね。何にもないけど私たちはここで暮らしているの。でも耳も目も開いておくのよヘビがいるからね注意しなさい。他にも危ないクリーチャーがいるからね」と言ってはははと笑いました。

IMG_4301 IMG_4302お礼を言って僕はその場を後にしました。ウインドローはちょっと離れているし時間のない僕らの旅では行くことは叶いません。こんな乾いた大地に押し込められ居留地という名で保護しているかのような印象を与えるのは間違っている気がします。掘っ立て小屋を建て、わずかばかりのドネーションをゲートで徴収しながらお土産を細々と売っている彼らの生活からは遠い昔の栄華を想像することができません。

IMG_4299 IMG_4305それにもかかわらず、ネイティブアメリカンがいまだに独自の文化を守っていることはわかりました。それは僕にとって驚きでもありました。アンテロープキャニオンでもこの小さなお土産屋でも彼らは英語で会話をしています。独自の言語を話さずに自分たちの文化を継承できるのが不思議なのです。僕はこれまで独自の言葉をなくしたり文字を捨ててしまうとアイデンティティーが薄まってしまうと考えていました。僕は英語を話している時、自分の人格が変わることを知っています。英語で話している時は思考まで英語になっていることを感じるのです。それは日本人の繊細さや気配りを少しばかりなくしているかのように思うのです。韓国は昔、自分たちの文字を捨ててしまいました。ハングル語は比較的優れた文字だとは思いますが、彼らは自分たちで古い書物を読むことが難しくなり始めています。日本の歴史を英語で読むのと日本語で読むのでは受ける印象がかなり違うのと一緒で先人の思いを正確に理解するにはやはり文字と言葉は大切な役割を果たしています。すでに韓国の若者はハングルでものを考えています。彼らがいくら勉強したとしても古文書から受ける先人の思いを受け継げるとは思えないのです。フィリピンでも子供がタガログ語を話せなくなってきていることを先生は憂いていました。近い将来、フィリピン人のアイデンティティーも薄まってしまうのでしょうか。あの耳に心地いい言葉がなくなるのは悲しいものです。

先住民族はこれから南に行くにつれ、触れ合う機会が多くなります。単一民俗の日本で育った僕にはわからないことだらけです。語学もしかりスペイン語もいよいよ本格的に取り組まなければなりません。僕のアイデンティティーは薄まるのでしょうか。アクが抜けてくれればいいのですが。

 

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