旅の終わりと次の旅の始まりと

IMG_2848これまでの旅には始まりと終わりがありました。日本の空港に着くたびに僕の旅は終わり、新しい旅立ちまでの期間がありました。日常が戻り何事も起きなかったかのように毎日が続きました。今回の旅の始まりはいつもと同じ東京でした。でも到着地はサンディエゴ。ここまで18000キロ、ほぼ毎日移動する旅でした。たどり着いたサンディエゴは確かに一つの旅が終わったことを僕に実感させました。サンディエゴの友人宅に夜遅くに到着した時、友人は僕を何度もハグしてくれました。温かいシャワーとビールにありつき、再会を喜び合いました。

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image image image image image image image image image image image image image image image image旅の中で僕はたくさんの人と出会い、友人ができ彼等の助けで僕の旅は作られました。それはこれまでの旅とは異なり下調べをせず、彼等から貰った情報を頼りに明日の行く場所を決めていく旅でした。異国の言葉を使い、異質の文化に触れ、様々なことを考えさせられました。何もかもが初めての事ばかり、旅先で出会った友人達の生の情報や経験に基づいた自信あるアドバイスはこの旅で得た大きな財産になりました。さすがにこの歳ですから、若い旅人のように衝撃を受けることはありませんでしたが人々の考え方、感情の表し方をナマモノみたいに味わえたことはとても新鮮でした。名所旧跡を巡り、人気のレストランで食事をし、お土産選びにワクワクするような旅でなく、街でスーパーを探し、安い食材を買い揃え、コインランドリーで洗濯が終わるのをボロボロの雑誌を読みながら待ったり、今夜の寝床を探す日常が旅に昇華した感じの毎日でした。

 

 

 

太陽が沈まない北の果てから汗をかいたことすらわからない乾いた砂漠まで、これまで見たこともない光景や肌に感じる気候の変化はバイクという乗り物ならではと思います。どこまでも続くまっすぐに伸びた道、険しく尖った山、刺すような冷たい風、深夜の音にならない音、道端で死んでいる動物の死臭、目鼻口耳肌から絶え間なく様々な刺激が伝わり、空間、時間、音の感覚が自分のモノでは無くなっていきました。
僕は、道端に転がる動物の屍体の多さに驚きました。最初、人間が道路を作ったために犠牲になってしまったんだと考えていました。でもそんな彼らを食べに来る動物の多さに気がつきます。またそんな環境にもかかわらず彼らがそこから去らない理由があることにも気がつきました。日当たりがよく、見通しがきき、巣を作りやすい。彼らにとっても道路脇のスペースは生活に適しているのでしょう。犠牲になる数の多さから、おそらく事故にあうことまで計算されて彼らは個体数を調整しているのではないかと思うようになりました。それを知っているかのように彼らが多い場所にはカラスや狐がいて、彼らが轢かれるのをまるで待っているかのように所在無げにしているのです。どおりで血糊はあるのに屍体がないはずです。一定の生態系がこんなところでも成立しているのです。もし、僕が事故で死んだらきっと彼らが真っ先に見つけてくれるでしょう。そして僕は川に上り死んでゆくサケのように森の一部となり栄養となるのだと思うととても嬉しく思いました。

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生水を飲み、川や湖で体を洗う毎日が続くとまるで自分が自然の一部に取り込まれていく感覚に支配されていきました。ある日、道端でまだ生きているマーモットを見つけました。多分、車にぶつかったのでしょう。僕は彼が生きられない事がわかりました。彼はとても苦しいそうで怒っていました。僕は彼にトドメをさしました。そして彼の内臓を取り出し、皮を剥いで食べました。東南アジアで食べたネズミのような味でした。久しぶりに食べた肉の味はとても美味しく感じました。そこには”いただきます”の精神もなければ”動物愛護、可愛い、可愛そう、残酷といった人間の作った勝手な逃げ道など入り込む余地などありませんでした。そこにあるものを食べる。それはベリーを摘むことや釣った魚を食べることとなんら変わりのないことでした。

僕が見てきたモノたちは正確ではないかも知れませんが少なくとも僕にとっては事実でした。音や匂い、肌で感じた経験は紛れのないものでした。日を追うごとに僕の不安は小さくなり、明日の心配やトラブルが起きても恐れることがなくなりました。それはフィリピンで見たスラム街で生きる人たちのそれとは比べようもありませんが、今を生きることを楽しむことに一歩近ずけたような気がします。相変わらず将来に対する不安はつきまといますが、それは以前より小さくなった気がします。だって自分が思っていたよりもずっとなんでもできることに気がついたのですから、フル装備のバイクにヨロヨロし、自分で起こすこともできなかったのに、今では苦もなく起こせます。岩登りだってできたし、トレイルを飛ぶように歩くことができるようになりました。日が沈みかけても泊まる場所を探し出し、10分で寝床を作り、無駄な水を使わずに食事を済ませ翌日には跡形も残さずに出発できるのです。

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日本、カナダ、アメリカ、メキシコ、コロンビア、スペイン、イギリス、ドイツ、アラブ、ペルー、オランダ、フィリピン、台湾、中国、韓国、タイ、ベトナム、ロシア、クロアチアから来た人と知り合い、旅を共にして、時にムカついて喧嘩もしながら互いの無事を祈りつつ別れる。1年前僕には想像すらつかなかった素晴らしい旅がありました。北米の旅はひとまず終わりを告げました。一つ円は閉じました。そしてまたすぐに次の旅が始まります。また1から言葉を覚えることから始めなければなりません。僕は言葉が旅の武器になることを知ってしまいました。すでにこのツール無しに僕の旅はありません。下手でいいんです。頭のいい犬くらい話がわかり、感情を伝えられればいいのですから、ストレートにものが言える幸せはノンネイティブならでは特権です。

 

来月下旬僕はメキシコへ向かいます。グアテマラが次の目的地。そこで僕はスペイン語を習います。

PS
その前に、ニューヨークでフィリピン英会話学校の同級生たちと合流してレンターカーでアメリカ大陸を横断します。13日間の修学旅行です。みんなの顔を見るのが楽しみです。

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旅の終わりと次の旅の始まりと」への4件のフィードバック

  1. あおき

    北米の旅に乾杯を送ります!
    辻さんのブログを読んでいると不思議に心が落ち着き、前向きになれます。
    新しい旅にまたグッドラックを送ります☆

    返信
    1. HIDEKI 投稿作成者

      あおきさん
      人の不幸は蜜の味。悲惨なことが起きるたびにニヤリとするあおきさんの顔が浮かびます(笑)。こんな拙いブログでも読んでいただける方達からこうしてメーッセージをもらえると僕も元気が湧いて前へ進むことができます。次はメキシコ、海辺のキャンプ編ですね。砂と塩分が厄介です。今度の知恵は誰からもらえるか楽しみです。

      返信
      1. U1

        こんにちは。はじめまして。
        僕もバイクで海外旅をしていまして、現在はサンアントニオにいます。
        10月より中南米の旅が始まる予定です。もし時期と場所が合えばお会いしましょう。

        返信
        1. HIDEKI 投稿作成者

          はじめまして、kamomosiです。ブログを読んでいただきありがとうございます。
          コメントありがとうございます。10月はメキシコを中心に回っていると思います。11月はキューバに行ってからグアテマラ入りする予定です。
          機会があれば是非ともよろしくお願いします。

          返信

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