ダルトンハイウエイという冒険を終えて

IMG_0491朝起きる。雨。
ダルトンハイウエイに行く日だというのに困った。仕方なく準備を始める。天気予報で雨雲を見てみるがLivengoodあたりまで雨が降っている7時半待ちくれなくなり出かける。

 

 

IMG_0504imageアラスカ街道を北上しDalton Highwayの始まりに着く。記念撮影をして出発。ダートがぬかるんでヌルヌルとした感触がタイヤから伝わってくる。すぐにバイクは泥だらけになり、服にも跳ねる。大きなトラックや四輪駆動の車が100キロ近いスピードで来るとスピードを落としてやり過ごす。アキさんが毎年トラックの跳ね石がヘルメットのお面を突き破って死んでしまう人がいるから気をつけろとニヤリとしながら言っていた。石はこないが泥しぶきがまっ黒い霧のように降ってかかるのでヘルメットの中で大声で悪口を言ってやった。

imageimage道沿いにはパイプラインが通っていて、よくもまぁこんなに長いものを作ったものだと感心する。1200キロ以上あるそうだ。次第に標高が上がり山を越えて降りたところで大きな川に突き当たった。ユーコン川が北極海に向かって流れていた。きっと小沢君と稲葉君が流れた水も一緒だと思った。

IMG_0521 (1)川を渡るとガソリンスタンドがあったので給油して昼にする。タコス、セロリ、ブロッコリー、人参。シトカに向かうフェリーの中でカナダ人が美味しそうに食べているのを見て真似したくなったのだけれどとっても美味しい。みずみずしいので水を節約する旅にはもってこいだと発見してニンマリとする。ちょうどやって来たアメリカ人に声をかけられる。お前予備のガソリンはあるのかと聞かれたのでそれが心配だと答えると携行缶をくれた。正直、僕のバイクの燃費ではギリギリだったのでダメならやめようと思っていたところだったので助かった。また人に助けられ不思議なこともあるものだと感慨に耽る。

imageIMG_0593 (1)IMG_0585 (1)

 

 

 

 

どんどんと北上しActic Circleに着く。ここには線が通っていてこれより北は北極圏になる。そうなるとずっと昼かずっと夜になるのだというのはわかるがそれがどういうことなのか全然想像もつかない。線を探したがないので記念撮影をする。こんな遠くまで来たのだからフィリピン留学の時のみんなが書いてくれた寄せ書きを書いたシャツと一緒に撮った。表だけだと裏に書いた人が優れないので裏も撮った。ひとしきりあたりを見回したが何もない。北極圏だというのに暑いのには興が冷めてしまった。ここまでこの道の始まりから115マイルもきた。
IMG_0558imageさらに北上する。途中、きな臭い匂いと煙たい靄がかかり始める。山火事だ。自然に燃えて自然に消えるという。 たくさんの森がなくなってしまうのは大変だと思ったが、タイガの様子を見る限りどこも禿山になったり、焼け野原になっているままの場所がないのできっといいのだろう。こんな広大な土地ではたかが知れているのだと思うことにした。

IMG_0567 (1)IMG_0578 (1)Coldfootとという街とも言えない集落に着く。175マイル。こんなに走ったのにまだ半分といったところ。ここでまたガソリンを補給する。もらったガソリン缶にもたくさん入れた。バイクがずしりと重くなり、ちょっと気の毒になった。今日は少し行ったところのキャンプ場に泊まる。1サイト8ドルなのでタケヤンと折半で4ドルで泊まれた。どこでもいいというので一番いいところをとってやった。
キャンプサイトにはリス、ヤマネ、鳥が来て楽しい、クマはしばらく出ていないと言う。

imageimageimage

 

 

 

 

翌朝、ひたすら北を目指す。もうガソリンを給油できる場所は最北端の死んだ馬という街(DEADHORSE)しかないので覚悟を決めた。今日は200キロほど手前の一番北のキャンプ場に荷物を全て下ろして先に進むことにした。すでにここはツンドラと呼ばれる地帯でほじくるとすぐに氷が出てきてしま う。そんなところなのに表面は普通に土なのが不思議だった。燃費のことを考えれば少しでも軽くしたほうがいいと考えたのでテントを張って全ての荷物をしまっておいた。缶からガソリンを補給してさらに北へ向かう。南北の旅は気候が変わるのを楽しめ、東西は文化の変化を楽しめるというがまさにその通りだった。森はなくなり低木ばかりとなる。岩肌をむき出しにした山を越えると潅木に覆われた丘ばかりになった。さらに進むと平原となり草ばかりの風景となる。風は冷たくなり時折、突風が吹きつける。バイクのカウルに身を隠すように走りつつ燃費のことも考える。走っても走っても一向にゴールは見えない。代わりに永久凍土に覆われた大地から白い氷が見えて来る。いい加減嫌になってきた頃、遠くに街が見えてきた。

imageimageimage

 

 

 

 

街は思った以上に大きく人もたくさんいた。ガソリンスタンドを探して給油する。身が凍えるほど冷たくなって鼻水がダラダラ垂れてくる。気温を測ると8℃もあるのに真冬以上の寒さはきっとこの風だと思った。これまで経験したことがないほどの冷たい風で、東京に吹く風でもこれほど冷たくはないであろうと思うほど人情味のない風だった。北の端にはまだ道はあるが一般の人は入ってはいけない。でもゲートに入ってみると事務所に入れてくれ寒いなら少し休んでいけ、喉は渇いたかこれを飲めと北国の男は優しかった。ここでもまた人様のお情けを頂戴してしまう。
タケヤンと合流し、北の端にある看板にたどり着き記念撮影をしたが、寒くて寒くていてもたってもいられない。風に吹かれると涙目になってしまうほど嫌な場所だった。

imageimage

早々に、来た道を戻る。ここから430キロほどガソリンスタンドはない。いよいよサバイバルの様相を呈してきた。暗くはならないが遅いので寒くなる一方なのに速度を抑えなければ帰り着くことができなくなってしまう。65キロほどでトコトコと進むがキャンプ場までの道のりの長いこと。途中300キロはありそうなグリズリーが道の端からひょっこり現れて互いにびっくりする。クマは逃げたがとても速くあんなのがきたらと思うとクマスプレーなどなんの役にも立たないのではないかと心配になった。金色と茶色が混じった毛色はとても綺麗に見えた。
なんとかキャンプ場にたどり着いたのは午後の11時。まだ日が出ているのが不思議だった。太陽の高さは全く変わらないのにぐるりと360度回転している。これが北極圏なのだと改めて感心する。ここの蚊は大量でしかもでかい。日本の蚊の3倍ほどもあり、服の上からでも容赦なく刺してくる。そして痛い。テントに入ろうと必死の様相で襲ってくるが日本から持ってきた蚊よけの威力は存分に発揮されていてテントの中には入ってこれないようだ。夕食も早々寝る準備に入るが、試しに北極圏の川で行水したらどうなのかと思い試す。あっという間に凍えてしまったが頭、顔、体を洗った。焚き火にあたり暖を取ってから寝袋に包まった。

image翌朝も晴れ。いきなり日本人がやってきて私は北大の教授でここで恐竜の発掘をしている。なかなか許可が下りずに恐竜探しに苦労していると話して行ってしまう。こんな場所に恐竜がいたとはと思い周りを見渡す。こんな荒野でキャンプをして一夜を過ごすことになるとはつくづくすごい経験をしているのだと自分を褒めてやる。出発。まだ先は長く、たどり着けるか心配は尽きない。乾燥しているのでトラックが来るともうもうと土埃が立ち前が全く見えなくなる。時折石がばちんと体に当たりとっても痛い。アキさんの言葉が蘇り、ビビってトラックが来るたびにスピードを落とす。やっとの思いでガソリンスタンドのあるコールドフットに到着し、ほっと息をつくことができた。計算してみると驚異のリッター29キロはこれまでで最高の値だった。バイクも頑張ってくれたのだろう。もう少し先にある60マイルキャンプ場を目指す。北極圏から抜けたが以前昼のままだった。夜半にかけ雨。翌日は泥んこのツルツルの道になるのは確実だった。

image出発。案の定道はぬかるみ、怖くて仕方ない。ぐらぐらとハンドルを取られトラックに驚かされながら進むと、リアカーを引く佐々木さんと出会った。行きにも出会ったが燃費のことが気になり早々に別れたので今度はきちんと止まって話をする。彼はプロの旅人だという。冒険家だと思うのだがそうではないらしい。今度は冬のこの道をやりたいと言っている。なぜと聞くと命の危険を今回は感じていない。もっとギリギリの旅がしたいという。僕はこれでも十分冒険なのに、世の中には変わったすごい人がいるものだと感心した。

最後の数十キロはヌルヌルの泥の道を進む最悪の行程だった。トラックの泥しぶきと石つぶての攻撃に身をちぢ込めながらやっとの思いで出発地点に戻ってこれた。こんな道を雨の中10日もかけて制覇したぽこけんさんはすごい人だと尊敬してしまった。タケヤンが温泉に行きましょ。ここからなら200キロくらいですから行きましょというのでついていく。温泉は極楽浄土だった。熱めのお湯に打たせ湯まである。この数日間の垢と疲れを落としてほっと息をついた。

imageimageimage

 

 

 

 

ダルトンハイウエイを終えて
今回のこの度は僕にとって初めてと言ってもいいくらいの挑戦でした。バイクに疎い僕一人では到底到達することは叶わなかったでしょう。写真すら撮る余裕もありませんでした。このページに使用した写真の一部はタケヤンが撮ってくれたものです。タケヤンの助けがあってこそだと彼には心から感謝の意を表します。そしてこの旅に導いてくれたジュリアン。彼はヘタレで逃げ出しましたが彼の導きがなければこの旅をすることはできませんでした。ガソリン缶をくれたアメリカ人。デッドホースで親切にしてくれたライダーなど人の情けを感じる旅でもありました。
北極圏という厳しい環境の中にあっても衣食住で辛い思いをすることはありませんでした。むしろ快適だったのは装備を考えてくれた青木女史、古川さんのおかげです。二人のアドバイザーに心からお礼を申し上げます。
今、宿のテーブルでこれを書いています。ビールを片手に感情的に書き連ねてしまっているので文書がいいとは思いませんが率直な気持ちを表してもいいと思いました。すでに遅くなり瞼もくっつきそうです。写真やビデオは後日、おそらく明日追加します。おやすみなさい。

Pocket
LINEで送る

ダルトンハイウエイという冒険を終えて」への4件のフィードバック

    1. HIDEKI 投稿作成者

      けんいちさん
      自分で走ってみて、はじめてけんいちさんってスゲーと思いました。とても僕には釣りなどしている余裕ありませんでした。川があると気にはなりますが目的地に着けるかが心配で心配で(笑)
      まだまだバイクについても覚えなければならないことばかりです。でもとても充実しています。

      返信
  1. 古川

    過酷なツーリングお疲れ様でした!
    日本では経験出来ない事なので、記事を読みながら想像して楽しませてもらいました。

    私が紹介したアイテムがヒデキさんの役に立っていて正直ホッとしています(笑)

    返信
    1. HIDEKI 投稿作成者

      古川さん
      移動の手段として選んだバイクの旅が主役になるような旅でした。北極圏での下着はやはりウールを選んでおいて良かっと思います。ノースフェイスのタイツもちょうどよく暑くもなく寒くもなくですね。さすがです。古川さんの説明がなければとても選べなかったでしょう。服装に関しては今のところなんの問題もなく快適で清潔な毎日を過ごせていますよ。

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です