フィリピン留学22週目 いつも通りのレッスンを

IMG_5134これまでと全く変わらないレッスンを淡々と続けます。マネルとのリスニング、アリスとの発音、カレンとのカランです。何一ついつもと変わりません。淡々と目の前の課題をこなしていくだけです。劇的な変化もなければ夢のように話せるようになることもありません。英語というものはやってもやってもキリがないものです。以前英語がしゃべれるようになるまでには3000時間が必要らしいと書きました。この半年で2/3に当たる2000時間は勉強したでしょう。それでも未だ充分に喋ることができないでいるのです。それにもかかわらず毎日が夢のように楽しいのは自分でも不思議でなりません。

おそらく僕には語学のセンスがないこともわかってきました。人には得意不得意があるのでそれも仕方ありません。でも若い時にやっておけばよかったとかもっと日本で勉強してから来ればよかったといった気持ちはこれっぽっちもありません。今はただただ毎日の勉強が楽しくて仕方ないのです。明日もきっと今日と変わらないレッスンが続くでしょう。それは僕にとって心地の良い時間になりました。もう脳に負荷をかけようとしても以前のようにかかりません。僕は英語が日本語と同じように言葉として聞こえています。 1日中聞いていてもまったく疲れることもありません。レッスンから逃げ出したくなるような苦しみも、何回やってもできなかったことでも今はできるようになり始めています。ぼくにとって英語がとても自然なものになり、生活の一部として心が受け入れたのでしょう。

未だにわからない単語、聞き取れないセンテンスは山ほどあるのです。以前、小田原の英語ガイドの研究会に参加していた時、ある方からこの先やってもネイティブのようにはしゃべることができないわよと言われて凹んだことがありました。英語を勉強している人であればそれは1つの目標です。僕もその一人だと思っていますし少しでも近づきたいと願ってやみません。でも僕は今、英語を話している自分がとても好きです。単に言語を理解しているだけでなく相手の気持ちがわかります。僕の気持ちを相手が理解してくれるのを肌で感じられるようになりました。ネイティブかそうでないかはあまり気にしなくなり始めています。

レッスン中に、ふととても心地よいひと時がやってきます。先生の声が明瞭に聞こえていて彼らの気持ちがひしひしと感じられる時、僕は我を忘れてしまいます。きまって先生はどうしたの?と聞いてきますがこの気持ちはたとえ日本語であっても僕は「なんでもないよ」としか言うことができないでしょう。こんな穏やかな気持ちになれるのは何年ぶりでしょうか?明日もきっと至福のひと時を味わえることでしょう。いつも通りのレッスンを楽しめたらきっといいことがありそうです。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です