フィリピン留学19週目 実践英語でスラムを行くの巻(英語には関係ありませんけど)

imageimage昨日の記事に書いたナボタス墓地に行ってきました。かなり遠かったのですがアリスとカレンの協力で着けました。

概要は昨日の記事を読んでいただければと思います。

 

 

imageナボタスの町に降りた時、最初に感じたのは潮の香りです。魚の干物、網の臭いが入り混じった漁村の臭いでした。墓地に入る前、僕は少し緊張していました。奥に足を進めると次第にスラム特有の臭いが鼻をつきます。でもここのスラムの臭いは他と少しだけ違いました。死臭が入り混じって独特の臭いを感じます。まるでカプセルホテルの様に積み重ねられたコンクリート製の墓が10mほどの高さに積み重なり青い空にコントラストを作り出していました。

imageimage静寂とは違う静けさが漂います。各コンクリートの棺に一人一人が収められているんだと思うと複雑な気持ちになります。棺の間に入っていくと男の子が2人寄ってきました。アビーという11歳の彼はズボンの中に手を入れてモソモソしています。彼らは僕らの後にくっついてきました。僕はアビーに案内を頼むと奥へと導いてくれます。墓を抜けたその先にはパヤタスとはまったく違う風景が広がっていました。

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小屋とも呼べない掘っ立てた暗がりが一面に広がります。地面が見えないほどのゴミとハエがまるで影の様に飛び回っています。僕はアビーに海に連れて行ってくれと頼みました。暗がりの中から人の視線を痛いほど感じます。すでに彼らにはよそ者の気配を気取られているのがわかります。少しづつ子供が集まり出し、海岸へ向かう僕の後に付いてきます。浜は全てがゴミでできていました。フカフカするゴミの浜から海で魚を捕っている子供達が見えます。

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image船の修理をしている大人たちがこちらをジッと見ていました。僕は持ってきたお菓子とジュースの包みを広げました。次の瞬間からまるでカオスの様な状態に一変しました。最初こそ秩序がありましたが次第に彼らの興奮は高まり、騒ぎを聞きつけた他の子供達が押し寄せてきました。一瞬で僕はもみくちゃです。見かねたおばあさんが割って入ってくれ、僕にあっちへ行きなさいと促します。僕はおばあさんに袋を渡すと子供達はそちらに押し寄せて行きます。おばあさんは容赦なく子供を腕で振り払い、げんこつで頭をゴンゴンと叩いています。子供同士でも諍いが起き、略奪さえし始める始末です。

僕はアビーを呼びました。彼はすぐに僕の元に来てさらに奥に僕を誘導します。驚いたことにサリサリ(売店)がありお菓子や風船なども置いてあります。暗がりの通路を抜けるとそこはちょっとした広場になっています。広場は墓で囲まれた一角になっていて高く積まれた墓の上には小屋が並んでいました。たくさんの子供達がいました。裸で歩く子供、顔や腕に皮膚病を患う子供に混じって髪を茶色に染めている子もいます。ここでお菓子をあげるのは危険だと判断し、おばあさんに配布を依頼しました。たちまち大混乱が始まります。どこから聞きつけたのか、ものすごい数の子供が小さな広場を埋め尽くしてしまいました。

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ここにもルールがあるようで少し歳のいった少年たちはお菓子を取りません。僕らを少しからかうような目で見ながらも気になって仕方ないようです。お菓子を配ってくれたおばあさんにお礼を言って、先に進みます。すでに僕がきたことは知れ渡っているようです。若い子たちが墓の上でたむろしていました。僕は彼らに近づいて何をしているのと聞くと「今彼女に振られたんだ」と彼の友達が言います。少し離れた場所では少年がバスケットをやっています。墓石に突き刺した手製のゴールに器用に玉を入れています。彼らの内何人かはちょっと悪そうな感じでしたが、特に敵意をむき出しにするようなこともなく写真にも応じてくれます。

 

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女の子が一人やってきました。するとアビーが照れたように後ろを向いてしまいました。他の子供がアビーは彼女のことが好きなんだよと教えてくれました。僕は女の子にアビーのことは好き?と聞くと可愛らしくはにかんでいます。どうやら彼女もアビーが好きなようです。ここで同年代の男の子たちが一様にズボンに手を入れて前に押し出したり引っ張ったりしているのに気がつきます。アビーに何をしてるのか聞くとモジモジしているばかりです。友達が割礼をしたと言っています。フィリピンにも割礼の習慣があることをこの時知りました。彼らは麻酔なしで割礼を受けたばかりで相当痛いのでしょう。どうりで皆一様に同じ格好をしているはずです。すでに終わっている少し年上の子供にからかわれたり、ズボンの中を覗き込まれていました。

さらに先へ進んだところでおばあさんに呼び止められます。彼女は自己紹介を流暢な英語でしてきました。僕は少し驚きました。ここの人たちはあまり英語ができなかったからです。でも彼女の英語は教育を受けたことがすぐにわかるものでした。彼女は僕を小屋の軒下に促します。彼女はアビーたちを追い払ってしまいました。アビーたちはしばらく逡巡していましたが諦めてしまったようです。子供達も彼女に一目置いているようです。

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僕は彼女に質問をしました。いつからここにいるのか?どれくらい人がいるのかなどを聞くと、彼女は逆になぜ僕がここにきたのかと聞いてきました。僕は将来のことを少し話すと、彼女は僕にフィリピン人かと思ったと言いました。僕は初めて気がつきました。彼らは僕のことをフィリピン人だと思っていたようです。僕は日本人だと話しすと彼女は納得したようにここの生活について説明をしてくれました。

彼女の名前はジュリエット。ジュリエットは以前は学校の教師をしていたそうです。彼女の英語がとても上手なわけがわかりました。以前、ここには世界から多くのジャーナリストやカメラマンがやってきてはここを取材したそうです。でも彼らはここで撮った写真をコンテストに出品するばかりだったと彼女は言います。でも一部のボランティアが医療や学校を開き彼らの援助をしてくれていたそうです。しかしこの墓地を再開発することが決まった後は、彼らは他の場所に移動したと彼女は語りました。当時からここで活動をしていた彼女は政府と交渉をするためにここに移り住んできたそうです。彼女はここの人の半分は読み書きができないのよと言いました。文盲が半分以上を占めるので教育を子供に受けさせる意味を理解できないのだと淡々と説明してくれます。また政府が彼らに仕事を与えてもスラムの住民が労働を望まないので続かないのだと言います。また家族計画についても聞いてみると、カソリックの宗教観から子供は神様の贈り物だとの認識があるため、避妊や中絶といったことを好まないし、仮に子供を望まなくても性行為にコンドームなどの道具を使うことに大きなためらいを感じるのだそうです。

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彼女はまた、この墓地は来月末には取り壊しが始まることになっているけれども行政と交渉してここに残れることになったと言います。ただ多くの家族はすでに政府からの補償金をもらって移動してしまった後なので今は随分と人が減ったと言っていました。あなたはどうやってお金を稼いでいるのと聞くと彼女は小屋の中を指しました。よく見ると中には軽食や飲み物があり簡易な食堂となっています。こないだも嵐が来て全部壊れてしまったの。ここは地上に建ててもダメなのよと言ってフフフと笑いました。

彼女と話し終えた僕はスラムを後にしました。あまりにも多くの情報にかなり混乱しています。僕が見たのはほんの一部の現実です。行政のあり方、貧困のシステム、NGOの関わり、ボランティア、経済、宗教、教育が一緒くたになって到底ひとつのものさしで図り切ることなどできません。そもそもここを図るものさしはおそらく違うものさしが必要でした。自分自身を整理できないまま学校に戻ると多くの生徒さんが興味を持って聞いてきました。僕は何回か同じ話しをしましたが、整理しきれないでいる自分に苛立ちを感じました。僕が見た事実の何にフォーカスして伝えればいいのかわからなかったからです。汚い、怖い、かわいそうといった短絡的なことを伝えたいわけではないのに口からそれを容易に連想させるような言葉しか吐き出せない自分が情けなくなります。

でもそれはそれでヨシとしています。これまでなら何を言っているのかもわからなかったであろうジュリエットの言葉も理解することができました。僕の英語は単なる旅行から人とコミュニケーションをはかることができるようになり始めたばかりです。でも確実に旅のツールを手に入れつつあります。これは他の旅の道具たちとは違うと以前書きました。なくてもいいけどあったらスゴイ。素敵なツールです。

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