フィリピン留学 武者修行編 正直な心なくして英語は感じられない

image今回の旅は終わったかに思えた昨晩、食事の後ふらっと散歩をしました。 僕は一人の女性に出会いました。路地の奥まったところにある小さなマッサージ店の前に座っていました。「写真を撮らせてもらっていいですか?」と訊くと快く承諾してくれました。ひとしきり撮り終わると彼女は僕に「 椅子に座って」と言います。彼女は英語ができました。おそらく僕と同じレベルでしょうか。お店のこと、この町のこと、景気や、ロシア通貨の下落で商売もさっぱりだわと嘆いていました。僕もフィリピンで英語を勉強したあと旅に出ることなどを話しました。

image彼女は所々でスマートフォンを僕に渡します。トランスレーターを使っていました。わからないことがあるとそれでタイ語に変換しているのです。僕はちょっと気になってどうやって英語を勉強したのか訊きました。彼女はお客さんとSNSでつながっていて会話の中で覚えたと言います。中学生くらいの男の子が走り寄ってきます。ひとしきり彼女と話した後、彼女に「ちゃんと挨拶をしなさい」と怒られていました。僕は「あなたの息子さん」と訊くと「ええ、私のベイビー」と答えました。そして全然勉強しないから心配なのと少し悲しそうな顔をしています。

彼女は続けます。「この近くに日本人と結婚した女性がいて、彼女は20年間日本で働いてきて、今はとってもお金持ちなの」センテンスは短く簡潔でワンパターンですが、わかりやすいのです。僕は彼女の話に聞き入ってしまいました。それは残念ながら内容ではなくて話すパターンです。彼女は自分が知っている単語を巧みに使います。たまにつかえても違う言い方を見つけてくるのです。僕は彼女の話し方に惹きつけられました。会話は続きました。とても自然に1時間ほども話したでしょう。

僕は確かに会話を楽しんでいました。タイ語でも日本語でもなく英語を使ってです。はじめて会ったというのに会話が尽きることがないのです。それは彼女の話の振り方にありました。彼女は自分のことを素直に話します。内容にとらわれず自分の感じたままに話を楽しんでいるようでした。まるで会話はこうやってするのよと教えてくれているみたいにです。この1週間、僕は質問する時もテクニカルな部分にとらわれていました。会話を感じることなく自分の言い方(文法)にこだわっていたのです。なぜ僕が上手く話せないのかわかりました。カレンが「英語は感じるものよ」と言っていました。アリスが「考えすぎてはだめよ」と言いました。その意味がやっとわかった気がします。

image今朝、バンコクへ戻るバス乗り場を人に聞きました「バンコク行きのバス停に行くバスはないよ、タクシーを使いな200バーツでいけるよ」と教えてくれました。僕はタクシーを探そうと海岸通に向かい歩き始めました。道の向こうからミニバスがやってきます。誰も乗っていません。僕は運転手に行き先を言うと彼はこのバスは行かないよと言っています。いつもなら諦めてしまうところですが、僕は自分が困っていることを正直に言いました。すると彼はこのバスでいいならタクシーになってあげるよ200バーツでどうか?と言うではありませんか。その時タimageクシーが道の向こうからやってきました。タクシーの運ちゃんも停まってどこに行くんだと聞いてきます。

僕は両方を見比べてミニバスの運ちゃんに頼むよと言いました。運ちゃんもニッコリ笑って”乗りな”と言ってくれました。一人で貸切のミニバスは何て贅沢なんでしょう。強くなり始めた日差しとムワッとする熱い風を受けながら僕の気持ちは晴れ晴れとしていました。レンタルバイクに乗った白人がバスに近づいてきます。僕らは互いにニッコリと挨拶をimage交わします。彼は横に並ぶと「なんで一人で乗っているんだ」と聞いてくるので「これは僕のタクシーなんだ」と答えると「どうやってそんなことができるんだ」と聞いてきます。僕は「お願いするんだよ、ただそれだけ」と大きな声で叫んでいました。彼は大きく手を上げて街の方へ曲がって行きました。僕は英語を感じていました。

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