フィリピン留学 武者修業編 英語が話せるということ ちょっと生意気です

image英語ができるということはとても大きなアドバンテージになります。それは一種のヒエラルキーのようなものなのかもしれません。どこの国でも子供に英語を勉強させる親がいます。それは彼らが英語を話すことが将来役に立つと信じているからです。逆に言えば僕らは英語ができないことにコンプレックスを持っているのかもしれません。この数カ月で僕の英語は変わりました。それは僕の旅先での快適さを与えてくれます。でも同時にそれは自分の感覚が知らずのうちに高飛車になりかねないことを教えてくれました。タイには武者修行のつもりで来たのにちょっと困惑しています。

imageパタヤはあまり英語が通じません。町の人はほとんど英語がダメなようです。英語が下手だとわかると人は親切になりますが、こちらが少し流暢に話しかけると彼らの顔にちょっと影が見えるような気がするのは気のせいでしょうか。郵便局に行きたくて場所を訊ねると皆、キョトンとした顔になってしまいます。”excuse me do you know where post office is” とアリスに習った発音で聞いてもダメなんです。アクセント、イントネーションもいいはずなのです。試しにポストオフィスとジャングリッシュ丸出しで言ってみると面白いように通じるから不思議です。

imageスタバでも同じことが起きます。ものすごいタイ語訛りの英語です。外人が注文しているのを聞いていると日本のスタバで外国人の注文に応えている日本人のようです。僕の番がきました。フィリピンと同じように注文をしますがイマイチ通じていません。一瞬不安になりました。アイスコーヒー、ベンティーサイズ、ノーミルク、ノーシュガーとジャングリッシュで確認しました。これは以前の僕がやっていたやり方そのままです。そして僕の前の外人は注文と違うものが出てきてしまい、取り替えていました。まさかまさかの誤算です。しまいには店員の娘に「ニホンジンデスカ?、コンニチハ、アリガトゴザイス」と言われ玉砕です。コーヒーを受け取ってから”はて?どうして日本人だと思ったのだろう”と気になりました。真っ黒に日焼けした顔を見たからでしょうか?韓国人や中国人は日焼けていません。日本語で話しかけてきた店員さんは僕のことが気になるみたいです。どうやら日本語を話したい様子です。目があうと「ゲンキデスカ?」と唐突に聞かれます。僕は「ハイ、ボクハゲンキデスヨ」と答えてあげました。ことあるごとに話しかけてくるので「日本語を勉強しているの?どうして」とやや早口で話しかけると「ゴメンナサイ、ワカリマセン」としょんぼりさせてしまいかわいそうなことをしてしまいました。英語で聞き直すと、タイ語訛りの英語ですがきちんと答えてくれました。彼女は僕よりずっと勉強家でした。

image僕は自分の感覚が変わっていることに気がつきました。そして初心を忘れていたことにも気がつきます。自分の感覚だけが基準になっていました。それはバンコクにいる時から始まっていたのです。ゴーゴーバーに行った時、女の子2人と話していた時のことです。僕は二人とも英語ができると思っていました。ところが途中から一人の娘がもう一人に通訳し始めたのです。彼女は僕に連れて帰って欲しかったようですが僕はそうしませんでした。彼女は片言の日本語でなんとか粘ろうとしていました。でもこれまでのようにしつこさを感じることがありませんでした。僕が英語で通してしまったからでしょうか。

バイクをレンタルしている時にもそれは感じました。始めは日本人丸出しの英語で話しかけます。すると結構高い値段を言ってくるのです。そこでちょっとスピードを上げて「だって今日はもう半日しかないでしょ?1日の値段は高すぎるよ、少しまけてくれない?」と聞くとちょっと驚いたような顔をしてすぐに負けてくれます。それは僕の予想を上回って安い値段でした。ブレーキのチェックをしていると慌てて調整してくれます。「ガソリンを入れて、それとヘルメットはどれでもいいの?」と聞くと何も言わないのにガソリン代を負けてくれます。そしてなんと新品のヘルメットを出してくれました。ビニールに包まれた本当の新品です。

ホテルでも試します。ロシア人の経営なのでロシア人しかいません。フロントの男性は英語が苦手なようです。僕が話しかけるとすぐに英語ができる女の子を呼んできます。彼女に部屋の掃除と冷蔵庫の水を頼むとやっておくわと愛想よく答えてくれました。そして「もし、あなたが構わないならテラスのある部屋に移ってもいいわよ」というのです。こんなことは今までありません。帰ってきた時に男性のフロントにバイクをここに置いてもいいかと聞くといいよと答えてくれます。今までならあっちへ置いておけと言われてきたのにこの変化はなんなのでしょう。

英語がたどたどしかった時、ちょっと小馬鹿にされているような感じを受けることがありました。それは旅先で感じる嫌な思い出になることもありました。日本人だとわかると急にぼったくられたり、頑としてまけてくれなかったりはよくあることでした。今回、そうしたことがありません。バイタクとの値段交渉の時に彼らは50バーツといってきます。これは中途半端な金額なんです。20バーツ札3枚を出すか10バーツコインを出さなければなりません。彼らは外国人がコインを使いにくいのを承知しているのです。支払いの時に20バーツ3枚を出せば必ずチップと言ってお釣りを渡しません。それを知っている僕は「なんで50バーツんなんて半端はことを言うのか知っているよ。あいにく100バーツしかないけどお前お釣りあるのかい」と聞くとちょっと困った様子になるのですかさず40バーツと畳み掛けるとしぶしぶOKします。

僕は人とコミュニケーションをとりたくて英語を勉強しました。英語さえできればどこへ行っても大丈夫だと思ったからです。旅行先で困るのは英語がうまくないからだと思っていました。でもいざ出来るようになってみるとそれはちょっと違っていたかもしれないと感じています。ここに来て聞く英語はとても上手いとは言えません。ロシア人、ヨーロッパからの人、タイ人が使う英語はアメリカンアクセントではありませんでした。リンキングもなければTのサウンドが消えることもありません。中東からの若者が使う英語はとてもなまっていました。僕は決して早口でもなければアメリカンアクセントが上手いわけではありません。それでも彼らと会話しているとかなり頻繁に聞き返されるのです。僕の発音が悪いのかと思い、聞くとお前はアメリカ人みたいに話すと2回ほど言われました。それは嬉しいのですがなにか大切なことを忘れている気がしてなりません。ネイティブを目指してここまできました。結果は上々です。でも。でもなんです。もう少し英語について考えなくてはなりません。

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フィリピン留学 武者修業編 英語が話せるということ ちょっと生意気です」への2件のフィードバック

    1. HIDEKI 投稿作成者

      中谷さん
      とっても中途半端な感じなんです。バンコクでアメリカから来た黒人のおじいさんと話した時は早口すぎて聞き取れないし、中東から若者たちと話すと訛りがものすごいし、文法もめちゃくちゃだけど言いたいことはわかるんです。ヨーロッパ系の人たちとはとてもスムーズに話せるんです。僕的に彼らの英語はとても綺麗なんです。街中で困っている日本人観光客の英語もすぐにわかります。ロシア人は英語が苦手なようです。突っ込んだ会話になり始めるとちょっと答えに窮してしまっているのを感じます。まるで半年前の自分のようです。
      僕は自分が話している英語がどこにも属していないような変な感じを強く受けています。アメリカンアクセントでもないし、ジャングリッシュでもない、タグリッシュでもない僕の言葉を人がどのように受け取っているのかとっても知りたくなりました。
      マニラには19日の18時に到着です。まだいらっしゃいますか?

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