フィリピン留学14週目 耳が戻ってきたの巻

あれだだけ耳に入ってこなかった英語が入ってくるようになりました。まだ聞き取りにくい時もありますがだいぶいい様です。発音も少しずつですが口が動き始めています。練習不足だったのかもしれません。少しできるようになったからといって天狗になったバチが当たりました。基本が大切です。何回も聞き、何回も声に出して読む。こんな簡単なことをやるだけできちんと結果は出て来ます。不思議なものです。

アリスとのレッスンが13時間も余分に残っているので、その時間を復習にあてることにしました。アメリカンアクセントのテキストを最初から読んでいきます。アリスは発音、リンキングをチェックしてくれます。2時間の間ずっと話しっぱなしでした。あれだけ苦労して1ヶ月以上もかかった母音のチャートが2時間で終わりました。最後は口が疲れてヨレヨレになっていましたが、無事言い切ることができました。アリスはとても喜んでくれました。

発音はまだまだ間違えますし、言い切れないセンテンスもありました。アリスが助け舟を出してくれます。するとすぐに発音できるようになります。口が覚え出しています。舌の動きが滑らかに上下前後に動きます。耳が音の違いを聞き分け始めています。間違いに気付くことができます。レッスンに楽しさが戻ってきました。スランプの出口も見えてきたようです。

カレンとのトピックはフィリピン人について話すことにしました。うまくいくかちょっと心配です。今から10数年前日本にはたくさんのフィリピン人が働いていました。当時、日本では彼らのことをジャパユキさんと呼んでいました。アメリカ軍がフィリピンから撤退することが決まった時、アメリカ政府は日本政府に圧力をかけ、フィリピン人のビザを厳しくさせました。その結果多くのフィリピン人は帰国せざるを得なくなりました。

多くのフィリピン人が日本人との間に子供を作りました。子供たちはピーノと呼ばれいじめも多くありました。帰国した彼らはジャピーノと呼ばれ又してもいじめにあっていました。あるものは自ら帰国し、あるものは離婚を選びました。少し悲しい話ですが当時の日本では彼らのことを上から見ていました。先生たちと話していると時たま彼らが就くことができる仕事は限られている。私たちはそうした労働力としてしか見られていないと寂しそうに語ります。

それでも、彼らは自分が行くことができる外国に夢を持ち続けています。現在では多くのフィリピン人が中東の国々で頑張っています。僕らは彼らを世界中で見ることができるでしょう。多くの外貨を運んでくれる彼らはフィリピンの貴重な外貨獲得のための人材だと思っています。願わくば過酷な労働だけでなくより多くの場で活躍できる人材が多く現れればいいのにと願うばかりです。

ちょっと難しくネガティブな部分がある話題ですが挑戦してみたいと思っています。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です